閉じこもった人が少しだけ世界に触れる物語 江國香織 『ちょうちんそで』
はじめて書評を書いてみる
おはようございます。キャシーです。
前回の記事を読んでくださった、節学ブログのYoriitoさんにアドバイスをいただき、書評を書いてみることにしました。
きっちり完成した批評文というより、Yoriitoさんのようにおもしろいものをおすすめする文章が書けたらなと思います。
※わたしは映画でも小説でも、ネタバレってあまり気にならない方なので、もしかしたらそういうことを気になさる方にとっては無神経な書き方になっているかもしれません。
わたしと小説と江國香織と
わたしが小説を読み始めたのは外国に住んでいた小学校5年のころなのですが、その当時どういったきっかけかは覚えていないのですが、たまたま手に取ったのが江國香織の『こうばしい日々』でした。
表題作はアメリカに駐在する日本人一家の息子・ダイ(11歳)が主人公で、彼の日常が秋から冬の季節の移り変わりの中で描かれていきます。
わたしも当時ダイと同い年・家族でドイツに駐在していたため、一気に彼女の書く世界観に魅了されました。
それから日本語書店で倍の値段のする文庫本を買い、全て読んでしまってからは、彼女のエッセイで紹介された本を日本人会館の図書室で借りて読むようになり、読書の面白さに目覚めたのでした。
中学校くらいまでは大好きだったのですが、高校に入ると、ふわふわしてアーバンな文体に居心地の悪さを感じるようになり、大学に入ってからは全く読まなくなってしまいました。
『ちょうちんそで』
そんななか、久々に彼女の小説を手に取りました。
2013年にハードカバー版が出版され、去年文庫版になったようです。
6つの連作からなる中編小説で、すいすいと2~3時間で読める内容でした。
本作は、50代で高齢者マンションにひとりで住む雛子を中心に、彼女の隣人たち、息子たち(と配偶者)、そして失踪した妹の飴子の物語が、緩やかに交わりながら語られます。
しかし、物語の軸となるのは雛子と長男・正直の関係性だと思いました。
このふたりは、物語の中で際立って「殻に閉じこもっている人物」だからです。
雛子は、自分の分身のような妹・飴子を失った悲しみに囚われ、想像の中の飴子とだけ関わり、社会との関わりを拒絶して生きています。
雛子の長男・正直は、自分を置いて男に走った雛子を許すことができず、その反動で美しく賢く優しい妻を理想化・神格化することで現在の自分の幸福を確認しています。
ふたりとも、現実を見ず、空想の中で生きることで、孤独ではあるものの痛みとは無縁の生活を送っています。
しかし、ふたりのその完璧に「平穏」な生活が、ある人物の秘密の暴露とともに崩れてゆきます。
その人物は、物語の中でも主人公・雛子を中心とした人物配置の中における「他者」であり、なにより文中で心情描写がなされない、いわばテクスト上においても「他者」であります。
「他者」は厄介な存在です。静謐な世界を乱す邪魔ものです。「他者」がわたしたちにとっていちばん厄介なのは、彼らが単なる邪魔な記号ではなく、わたしたちと同じ生身の存在で、意志を持っていることを知ってしまったときです。つまり、完璧な「自分だけの安全な世界」から、様々な他者が意志を持って蠢く「外の世界」に目を向けさせるのが、「他者」の存在なのだと思います。
絶対的な「他者」のむき出しの意志に出会うことで、互いに自分の世界に閉じこもった母と息子が少しだけ「現実」に向きあうようになり、断絶したふたりの人生が少しだけ近づく予感で物語は幕を閉じます。
読んだ感想
とっても面白かったです。江國香織らしい、細部の描写のおしゃれさにうっとりしつつ、実はとてもストレートなメッセージを持った作品だと思いました。
「江國作品」を読む人って、その箱庭のように完璧な世界をただ眺めていたいって人が少なくないと思うんです。平穏で、何も起こらず、淡々とした生活が続くさまを。
つまりそれは、絶対的な美しい空間の中で自己完結し、自分を否定するような他者や社会と関わらずに生きていきたいって願望ですよね。
わたしは人一倍その願望が強いので、そう思い物語を消費する人を否定する気にはなれません。
ただ、死んだように平穏に生きるよりも、痛みをうけたり、傷つけたり、恥をかいたりしながら他者と交わって生きる人生のほうが美しいんだよ、というのがこの作品のメッセージだと思いました。
夢見がちで閉じこもりがちな人に、少しだけ他者と関わる勇気を与える作品で、そのメッセージの伝え方がさりげなくて素敵です。
関連作品
わたしが勝手に関連性を感じたのは、下記の2本の映画です。
自殺志願の少年が天真爛漫なおばあさんと恋に落ち、最後には生きる楽しさを自分で学ぶ物語です。超名作です。
夢見がちな人が少しだけ他者と関わる物語といったら、まっさきにこの作品が思い浮かびます。ドリーミーな映像も素敵ですが、不器用に人と関わりながら生きる人々の姿も素敵ですよ。